「目は心の窓」と言われます。けれど、その窓から見えるものは、いつもはっきりしているとは限りません。曖昧で、かたちのないものが見えることもありますし、何も見えないまま静けさだけが残ることもある。その感覚が、『Inside』という作品の出発点になりました。
この作品は、“内側”を見つめるような、旋律も展開もない音の空間です。耳に残るようなモチーフは存在せず、和声も物語性も避けています。わずかに動く音の層が、環境音や空間的な揺らぎと混ざり合いながら、約9分間続いていきます。音はどこかへ向かうのではなく、ただそこに在り続けます。
制作の過程では、人の目を見つめ続けるときの感覚を思い出していました。視線を合わせたままにしていると、やがて相手の感情や表情ではなく、もっと抽象的な存在の気配が見えてくるような時間があります。音でそれに近い状態を作ることができるのではないかと感じたのです。
『Inside』では、音そのものに意味を託してはいません。聴く人が意味を探そうとしたとき、その手がすり抜けてしまうような、捉えどころのない質感。それでも、たしかに何かが鳴っていて、耳はそれに触れようとする。そんな状態を保ちながら、音は聴く人の注意の深さに合わせて、微細に変化していきます。
感情を揺さぶるような演出や、構成的なクライマックスも排除しました。ここでは、何も起こらないことが前提となっています。けれど、何も起こらない場所に長く留まることで、かえって自分の内側が浮かび上がってくる。『Inside』は、そうした時間を扱った作品です。
ある人には「遠い音」に聴こえるかもしれませんし、ある人には「近すぎる音」に感じられるかもしれません。それは聴く人の状態によって変わります。ただ、意味を理解しようとせずに、音の中に静かにとどまってみてください。やがて、音が聴こえているのではなく、音に「見つめられている」ような感覚が訪れるかもしれません。
それが私にとっての『Inside』です。
2025年8月6日リリース。