音楽は単なる娯楽ではない。意図を持って用いれば、気分を安定させ、注意を支え、呼吸と心拍の調律を助け、人とのつながり感を強める。心理療法や必要に応じた薬物療法の補助として、治療室でも病棟でも家庭でも扱いやすい。機材要件は少なく、個人の嗜好を尊重しつつ、手順と測定に基づく運用に落とし込める。
本稿は、機序から実装へと流れを辿る。どの音楽的属性が効き目に関わるのか、投与量とタイミングをどう決めるか、セッションを既存の治療にどう織り込むかを整理し、短い評価尺度とコンパクトな生理指標で進捗を確認する方法を示す。実務で再現可能にすることが狙いだ。嗜好を尊重しながらも検証可能な枠組みをつくる。
障害、目標、姿勢
歴史的に「神経症」の傘の下にまとめられてきた領域では、臨床現場で扱うのは主に全般性不安障害、パニック障害、社交不安や特定の恐怖症、強迫症、心的外傷後ストレス障害(PTSD)、身体症状・心身症的訴え、気分変調症(持続性抑うつ)、適応障害である。症状像は異なるが、多くの人が、持続する心配、突発的な恐怖の高まり、侵入思考、回避、睡眠の乱れ、身体緊張、学業や仕事・対人関係の能力低下といった組み合わせで生活している。
これは個人の失敗ではない。気質、学習歴、人生史、現在のストレッサーから生じ、注意習慣、脅威予測、生理的覚醒で維持される。負担への共感は重要だ。症状は当人にも周囲にも、疲弊、時間の浪費、孤立をもたらす。
この枠組みの中で、音楽はガイドライン準拠の治療に構造的に加わる補助となる。認知行動療法や暴露法、トラウマ焦点療法、薬物療法と競合せず並置できる。低コスト、導入容易、嗜好への適合がしやすく、それでいて手順化と測定が可能だ。こうした組み合わせが、スティグマの低減と実践のハードル低下につながることがある。
目標は生活に結びつけて平易に設定する。たとえば不安や反芻の減少、パニックの尖りの減少、睡眠の連続性改善、回避の縮小、痛み評価の安定化、社会的接点の改善、役割復帰など。それぞれに一つか二つの具体的なエンドポイントを割り当てる。短尺度での目標値、夜間覚醒回数の減少、強迫行為に費やす時間の定量的短縮などが例だ。
安全性は常に成果と並置する。聴取レベルの安全域、明確な中止規則、必要に応じたトリガー回避リスト、記録されるデータに関するインフォームドコンセントを含める。
姿勢は実務的かつ敬意あるものに保つ。音楽は万能薬ではなく、万人に効く一曲も存在しない。助けになるのは、適合の良さ、安定したルーティン、透明なフィードバックだ。外来・入院・家庭のどこでも使え、記録可能で明快な方法論にすることで、役立つものを残し、役立たないものは外せるようにする。
心理的メカニズム – 感情、認知、暴露、アイデンティティ
音楽は情動を直接調整する。和声的に安静で脈動の遅い素材は過覚醒を下げ、体験を安定化させる。中程度に駆動するリズムは、落ちたドライブを不穏に傾けずに持ち上げる。タイトルや歌詞、音世界は解釈枠組みをずらし、硬直した評価をほぐす。安全な暴露フォーマットの一部として、負荷の高い文脈に段階的に接近することを支える。能動的な演奏や焦点化して聴く行為は注意を束ね、反芻を断つ。
個別の選択は自律感と自己効力感を強める。合唱や合奏は孤立を減らし、呼吸や動きの同調を生み、信頼感を育てる。
日々の運用で効く具体策をいくつか。
- 感情の粒度。短い聴取ブロックと0〜10の評定を組み合わせる。状態に名前を付け、3分後に再確認し、変化の向きを記録する。
- 期待の調整。予測可能なフレージングと柔らかな終止で脅威予測を下げる。小さく明示的な変化を加えて、認知的柔軟性を練習する。
- 記憶の誘導。有能感や帰属感に結びついた曲を選ぶ。罪悪感や破滅感を煽る歌詞は外す。
- 注意のアンカー。低音の脈を呼吸10回分だけ追う、あるいは一つの旋律を一句の終わりまで追う。課題は単純で再現可能にする。
- 段階的暴露。中立の手がかりから、軽度、次に中等度のトリガーへ進むテーマ付きセットを作る。セッション内で不安が下がるまで繰り返し、後日同じ順序を音楽なしでも行い、般化を支える。
- アイデンティティ作業。安定、勇気、好奇心、回復を象徴する短いセットを作る。既知のストレス前に流し、主体感を上げる。
- 社会的ツール。ユニゾンやコール&レスポンス、歩調合わせの呼吸を用い、集団の落ち着きを促し、日常への復帰を助ける。
- スタンス。いつも落ち着いて親切に。当人が問題なのではなく、パターンが問題だ。音楽はそれを変えるための構造化された道具である。
生理的メカニズム – 自律神経、呼吸、内分泌、睡眠、痛み
身体レベルでは複数の過程がかみ合う。遅い脈動、低域の比重、和声の安定した音楽は心拍と血圧を下げ、心拍変動を高め、迷走神経優位へのシフトと整合する。イベント密度やスペクトルのバランスも要点だ。急激な立ち上がりを減らし、低域を安定させると驚愕反応が抑えられ、安全域に留めやすい。再生レベルは耳元でおおむね55〜65 dB(A)が扱いやすい。
呼吸の同調。フレージングを1分あたり約6呼吸(1周期8〜10秒)に合わせる。穏やかな上行は吸気、柔らかな下行は呼気に合う。4吸気、短い保持、6呼気といった簡単なカウントは長いフレーズと相性が良い。姿勢は立て直し、静かな鼻呼吸にする。
報酬と内分泌。感情を揺さぶるパッセージは予測と報酬処理を動員する。緊張と解放のピークは強い予期の瞬間と同期しやすい。集団ではタイミングの共有やユニゾンの入りが努力感を下げ、セッション後のコルチゾールが下がることが多い。オキシトシンは課題や手順で結果が割れるが、社会的結び付きは行動と自己報告に現れる。
痛みの調整。音楽は注意を侵害入力からそらし、下行性抑制系を動員する。本人が素材を選び、焦点課題を設定し、ゆっくりした呼吸と組み合わせると効果は大きくなる。手術周辺では前・最中・後で用いる。慢性痛では、1日2回20〜30分のルーティンを据える。破局化を助長する歌詞は避ける。痛み評定、心拍、薬剤変更を記録する。
入眠前準備。就寝前1時間のうち30〜60分を、静かで徐々に展開する音楽にあてる。低いリズム顕著性、安定した和声、穏やかなアタック、薄い高域は入眠前の認知的活性化を下げる。移行は予測可能に保つ。暗く静かな再生手順は睡眠との連合を強める。主観的な睡眠の質は改善しやすいが、客観指標は集団・刺激・用量で変わる。
訓練と結合性。能動的練習と構造化された受動的聴取を交ぜた長めのブロックが学習を進める。週2〜5回、8〜12週間が実務上の目安。狙いは、気分の安定、入眠短縮、覚醒の減少、痛み評価の低下など。神経結合の側面では、反復により聴覚系、辺縁系、前頭前野の結びつきが高まり、日常の調整力を支える。
用量と安全。用量はU字型に働く。刺激が少なすぎれば注意が持たず、多すぎれば覚醒を上げる。短時間・中レベルから始め、調整は一度に一項目ずつ。順番は、まずテンポかイベント密度、次にスペクトルのバランス、最後に形式。聴覚安全と暴露時間の記録を怠らない。
個人差。嗜好、親近性、聴覚の敏感さ、トラウマ歴は反応を左右する。初期にトリガーを地図化し、必要ならブロックリストを用意する。双極性の気味がある場合は強い活性化を避け、密に観察する。PTSDでは明瞭な形式と狭いダイナミクスを推す。原則は単純だ。適合を先に、反復を次に、その上で測定する。
構想から運用へ – 診断、目標、パラメータ、統合、測定
実装は明快な道筋に従う。
- 診断の明確化。併存症、薬物、感受性、トリガー歴を含める。
- 共有された目標。不安や反芻の低下、睡眠改善、痛みの減衰、社会的活性の向上、機能回復など。
- 刺激パラメータ。テンポ、調性、音色、形式、スペクトルバランス、ラウドネス。落ち着かせたい時は一貫性、穏やかな移行、低い不協和。活性化にははっきりした拍、やや明るい倍音、秩序だったイベント密度。
- 心理的統合。マインドフルな聴取、ガイド付きイメージ、各セッション後の短いメモ。
- 症状と生理の測定。コンパクトで信頼でき、反復が容易な道具立て。
適用領域 – コンパクトなプロフィール
受動的聴取 は安定化と不安低減に向く。静かな環境、良質なヘッドホンまたはクリーンなニアフィールド、15〜30分、週4〜6回、中程度の音量。テクスチャは均一に、不協和は低く。注意は呼吸と身体感覚に置く。5分の短時間HRV、緊張評定、脈拍がフィードバックになる。
能動的演奏・歌唱 は同調、所属感、運動—聴覚の結合を強める。45〜60分のグループで、単純なリズムと短いムーブメントを織り交ぜると、接触と自信が育つ。負担尺度、機能尺度、必要に応じてコルチゾールで経過を見る。
呼吸同調 は1分あたり約6呼吸にフレーズを合わせる。10〜20分でリズムが安定する。迷走神経指標と呼吸が即時マーカーになる。就寝前のスローブリージングと音楽のクロスオーバー研究では、急性のHRV上昇が報告されている。
睡眠焦点 では、就寝前30〜60分の静かで徐々に展開する音楽を用いる。主観的質は改善しやすく、研究ではアクチグラフィやPSGが詳細を補う。日中の仮眠や脳波情報を用いた音楽でも、限定条件下で客観的効果が見られる。
痛みプログラム では、手術の前・最中・後、慢性痛の日課で、自己選択の音楽を20〜30分使う。評定、圧痛閾値、心拍、服薬記録で方針を決める。手術領域と慢性痛のメタ解析は、日常導入を支持する。
PTSD志向 では、明確な形式、狭いダイナミクス、親しみのある動機を使う。安定化、慎重な文脈接近、厳格なトリガー管理が中心。最近の統合は有益性を示しつつ、確実性を低〜中とし、質の高い試験を求めている。
OCD志向 では、儀式化させない形で連続的に注意を保つ。穏やかな変化を備えたミニマルな構造、15〜25分。反芻ログと短時間HRVを併走させる。2021年の系統的レビューは、可能性を示しつつ厳密試験の不足を指摘する。
ガイド付きイメージ(GIM含む) や集団イメージは、音楽と構造化イメージを組み合わせ、通常45〜90分。特定集団での実行可能性やプロセスデータは良好だ。
迂回なしの測定 – 尺度、手順、標準化
測定は舵取りだ。コンパクト、信頼性、反復容易に徹する。
症状のコアセット。 日常に結びつく短く妥当なツールを使う。不安・パニックは GAD-7 または状態不安の STAI、パニックは PDSS-SR。抑うつは PHQ-9 または BDI-II。OCD は OCI-R(簡便)または Y-BOCS(詳細)。PTSD は PCL-5。身体的負担は PHQ-15 または SSS-8。睡眠は PSQI(過去1か月)と ISI(現在の不眠)。ストレスは PSS。機能は WSAS か WHODAS 2.0。決まりは二つ。同じ曜日と同じ時間帯で、同じ評定者または同じ自己記入法を使う。
生理のコアセット。 5分の短時間HRV(座位または仰臥位、開眼、静かな部屋)。RMSSD と HF(0.15–0.40 Hz)を報告し、呼吸を共変量として追跡。姿勢、時間帯、カフェイン、薬剤を記録。アーチファクト処理の方針を明記し、適用する。⁸⁹¹⁰
呼吸。 誘導するなら目標レートとパターンを記録。しないなら呼吸数/分またはベルト信号。
皮膚電気活動。 10–32 Hz でサンプリング。トニック水準と相反応の振幅を報告し、動作と発話をマーク。
血圧。 座位5分安静後に1分間隔で3回。後二つの平均を採用。時刻と服薬を記録。
睡眠。 日誌とアクチグラフィを日常で。研究ではPSGを加え、段階比率とN3のデルタパワーを報告。
コルチゾールと唾液。 覚醒直後、+30、+45分を、非連続の平日2日に。厳格な前分析処置。日内サンプルは任意。最新の指針に従い、逸脱は明記する。²⁹³⁰³¹
刺激報告チェックリスト。 テンポ、拍子、調性、不協和の程度、スペクトル重心、統合ラウドネス(LUFS)、トゥルーピーク、形式と各区間の長さ、フェード、再生チェーン、室内音響、耳元または聴取位置での目標レベル。これがないと解釈も再現もできない。
研究デザインと分析 – 比較可能性をつくる
内部妥当性と日常妥当性の釣り合いを取る。平行群ランダム化(能動対照)、十分なウォッシュアウトを置いたクロスオーバー、テンポと親近性の因子計画、単一事例時系列、日常でのマイクロランダム化、段階的導入のサービス実装はすべて有用。主要評価項目の事前指定、現実的な検出力、反復測定に対する混合モデル、欠測データの透明な計画が標準だ。
媒介分析で、生理の変化が症状改善を説明するかを検証する。調整分析で、音楽経験、嗜好、パーソナリティが効果を修飾するかを確かめる。事前登録、刺激と解析データの公開は再現性を支える。抑うつ、ストレス、痛み、術後回復では実装に向けた統合が既にある。PTSD と OCD には、質の高い試験がさらに必要だ。
デザインのメニュー
- 平行群RCT:通常治療に上乗せで、音楽対能動対照に個別割り付け。実務的エンドポイントや異質なサンプルに適する。
- クロスオーバー:各人が両条件を受け、ウォッシュアウトを置く。就寝前覚醒や状態不安のような短命効果に効率的。AB/BA またはラテン方格を使う。
- 因子計画:例 2×2=テンポ(遅い vs 中庸)×選択(枠内の自己選択 vs 標準化)で主効果と交互作用を分離。
- N-of-1/時系列:個人内の反復 A-B。セッション順をランダム化。混合モデルかランダム化検定で解析。個別化に有用。
- マイクロランダム化:数週間にわたり、短い音楽セッションをランダム時刻に提示し、近接因果効果と文脈による変動を推定。
- 段階的実装:病棟や外来で段階的に展開し、導入、順守、成果を記録。
対照と盲検
- 持続時間、注意、文脈を合わせた能動対照(オーディオブック、中性音、呼吸誘導単独)を優先。
- 期待・信頼の簡潔評価(1〜2項目)を早期に。仮説の文言は中立に。
- 可能なら評価者盲検。生理のスコアリングは自動化。
ウォッシュアウトとキャリーオーバー
- クロスオーバーでは、主要アウトカムがベースラインに戻る長さを設定。急性の状態尺度なら48〜72時間、睡眠は複数夜を起点に。根拠を記録。
主要評価と意味のある変化
- 主要評価は一つに。例:状態不安変化、入眠潜時、睡眠維持困難、痛み、日常機能。
- 最小臨床的重要差(MCID)を事前に決め、文献やアンカー法で根拠を置く。
- 副次評価は絞り、理論主導で。
タイミングと時間枠
- 検査時刻は体内時計の影響を抑えるため固定。就寝前プロトコルは就寝前1時間、HRV は日中の一定スロット、週次質問票は同じ曜日。
サンプルサイズと検出力
- 主要評価、現実的な効果量、設定下での分散を元に試算。
- 反復測定では個人内相関や(グループセッションなどの)クラスタを見込む。
- 主要解析に触れない内部パイロットで分散推定とデータフローを点検。
解析計画
- ランダム切片(必要に応じてランダム傾き)を持つ線形混合モデル、またはベースライン補正つきANCOVA。
- HRV は RMSSD と HF(0.15–0.40 Hz)を報告。パワー系は対数変換を検討。呼吸を共変量に。
- 発作回数などはポアソン/負の二項。
- 多重性は短い階層化か Holm/FDR で処理。
- 効果量は95%CI付きで。
- 手順逸脱に対する感度分析を実施。
媒介・調整
- 媒介:HRV、呼吸、睡眠連続性の変化が症状変化を説明するかを、時間順を踏まえて事前指定で検証。
- 調整:嗜好、親近性、ベースライン覚醒、音楽経験、個別/集団、併存症などの交互作用を検査。陰性結果も報告。
欠測データ
- 欠測パターンを想定。MAR 前提の最尤を用いる混合モデルを優先。
- セッション欠席理由を追跡。ITT 推定は保持しつつ、周辺解析で感度確認。
忠実度と実行
- 再生レベル、持続時間、トラックIDをログ。
- 在宅は開始・終了の簡易指標と短い事後評定で十分。
- 主文中に忠実度指標を載せ、補足だけにしない。
透明性とデータ共有
- 仮説、主要評価、解析コードの骨格、逸脱処理を事前登録。
- ライセンスが許す範囲で刺激を共有。不可なら特徴サマリと機械可読の刺激報告を共有。
- 解析スクリプトと匿名化データを可能な範囲で公開。
報告規範
- RCT は CONSORT、クラスターやクロスオーバーは拡張、プロトコルは SPIRIT、観察は STROBE。
- 刺激報告と再生チェーンは本文か付録に。プレイリスト名だけでは不十分。
有害事象と安全
- 症状の尖り、睡眠悪化、不快、頭痛、耳症状をモニタし報告。
- 中止規則とエスカレーション経路を事前に定める。
不均一性の解釈
- 群平均だけでなく個人変化のプロットを併記。
- MCID 達成割合を示す。
- 効果が文脈により揺れるなら、時刻、設定、直近ストレスを含むモデルにする。
これだけの明確さがあれば、結果はグループや施設を超えて比較可能になり、現場への翻訳も容易になる。
安全、倫理、限界
聴取安全。 目標レベルと総曝露時間の上限を設定する。多くのセッションでは耳元(または聴取位置)で55〜65 dB(A)を目安に、ピークは控えめ、ダイナミクスは狭く保つ。短いスウェルが必要なら真のピークを短く抑え、開始・終了時刻、平均レベル、ヘッドホン/スピーカーの別を記録。ヘッドホンは密閉型・良好なシールを優先し、音量を上げて補わない。機器やアプリの更新後は再度レベル確認を。
中止規則とデエスカレーション。 開始前に明確な停止合図(音声、ハンドサイン、アプリのボタン)を取り決める。中止基準を短文で書き出す。2〜3分で収まらない不安上昇、解離、頭痛、吐き気、めまい、耳痛など。60秒の安定化ルーチンを一つ練習して自動化しておく。ゆっくり鼻呼吸(4吸、短保持、6呼)、足裏接地、視線固定、片手を胸に。収まらない場合はセッションを終了し、中性の活動へ切り替える。
PTSDの予防策。 個別のトリガーブロックリストを作る。避けるべき内容、楽器、効果音、歌詞、文脈を列挙。明瞭な形式、狭いダイナミクス、穏やかな立ち上がり、予測可能な移行を優先。短時間の断片で試し、安定してから本番へ。逆反応があれば即時にリストを更新。サプライズ的要素を仕込まない。
OCDでは儀式化を避ける。 セッションは曝露・反応妨害(ERP)に結び付け、開始と終了を固定。「正しく仕上げる」ための小節の反復は禁止。順序・音量・装着の厳密化で安心感を求め始めたら、定義済みセット内でランダム化し、合意済みの焦点課題へ注意を戻す。欲求ログ(0〜10)を前後で取り、低下が持続してから構造を緩める。
双極性の配慮。 活性化素材は慎重に。安定した拍、抑制された高域、穏やかなテンポを選ぶ。急峻なビルドアップや急変するプレイリストは避ける。実施は日中早めに置き、睡眠と駆動の短い事後チェックを加える。軽躁傾向が兆したら活性曲は停止。
感覚・身体的条件。 耳鳴り、聴覚過敏、片頭痛、前庭、ASD関連の感覚過敏では、レベルを低く、スペクトルを簡素に、短めのブロックと長めの間隔で。呼吸・循環器疾患では不快を誘発する呼吸パターンを避け、姿勢は中立、フレージングは徐々に。妊娠周産期は極端な音量や驚愕要素を避ける。補聴器使用時は快適性とハウリングを確認してから長時間へ。
データ保護と同意。 必要最小限を収集する。何を、なぜ、誰が、どれだけの期間見るのかを説明。仮名化、暗号化、役割ベースのアクセス。音源の個別化、ログ、生理マーカー、撤回権を平易な文章で説明。保存期間を先に定め、削除手続を明記。著作権曲の無許可アップロードはしない。
公平性とアクセス。 良いヘッドホンを好まない・用意できない人にはスピーカー選択肢を。パブリックドメインの厳選音源など低コスト代替を用意。リテラシーや言語に応じて説明を調整し、専門用語を避ける。騒がしい住環境でも静かに実施できる選択肢を用意。
既知の限界。 刺激の多様性、嗜好、文脈、順守で効果は揺れる。素材が変わらないと効果が薄れる場合もある。睡眠、薬剤、日々のストレスにも依存する。群平均は個人の反応を保証しない。急性期は音刺激自体が負担になる人もわずかにいる。
透明性と変更管理。 個票を1ページで。目標、禁忌、レベル範囲、刺激ファミリー、用量、中止規則。変更ログをつけ、調整は一回に一項目だけ行う(1:イベント密度/テンポ → 2:スペクトル → 3:形式・移行 → 4:レベル)。週次でデータを見直し、当人を意思決定に関与させる。
信号機方式のトリアージ。
- 緑:快適度安定、指標も安定/改善、副作用なし。継続/延長。
- 黄:快適度が混在、小さな副作用、停滞。1項目だけ調整し、用量を短縮。
- 赤:症状の悪化、解離、著しい睡眠障害、聴覚不快。停止・ふり返り・主治療チームと相談。
見送るべき時。 急性危機、酩酊、重度解離、活動性の精神病、統制不能な自傷他害リスクでは見合わせる。安定化後に予防策を強めて再開。
移行 – 外来、日常、トレーニング
外来の基本線
- ステップ1 準備(週0):インテーク、目標、トリガーリスト、機器確認、短いベースライン(0〜10の不安、睡眠項目、痛み、脈拍、短時間HRVは任意)。刺激ファミリーとレベル範囲を選ぶ。
- ステップ2 ガイド付き3回(週1):1週間に1回(7〜10日に圧縮も可)。レベル確認、短い呼吸プライマー、15〜30分の音楽、5分の事後メモ。
- ステップ3 自主運用(週2〜4):在宅で週4〜6日、時間枠固定、15〜30分。1ページのログ(日時、トラックID/セット名、レベル、用量、前後の0〜10評定、短評)。
- ステップ4 週次チェックイン:電話/ビデオで10〜15分。ログを見て、必要なら1項目だけ調整(イベント密度、テンポ、スペクトル、レベル)。次週の時間枠を確定。
- ステップ5 レビュー(週4または8):ベースラインと比較。良い方向なら用量維持と測定の精緻化。停滞なら素材ファミリーか時間割を変える。全部を一度に変えない。
外来のクイックテンプレ
- 在宅カード:「今日の時間枠 : – :;目標レベル 55–65 dB(A);トラックセット A/B;事前緊張 __/10;事後 /10;メモ:」。
- スパイク用2〜5分:「停止、着座、4吸・保持短・6呼、セット“steady”から開始、視線固定、片手を胸、0〜10一回と一行メモで終了」。
入院プログラム
- 部屋と機器:病棟ごとに静かな部屋。可能なら背景騒音35 dB(A)未満。HVACのフラッターなし。柔らかい座席、調光照明。月1のキャリブレーションで聴取点55〜65 dB(A)。密閉型オーバーイヤーと予備のオンイヤー、使用毎に清拭。
- 日課:1日2枠+急性用の第三枠。各枠=準備5分、音楽15〜30分、クールダウン5分、記録3分。
- チーム規範:レベル上限の文書化、トリガー管理プロトコル、明快な停止合図、可視のエスカレーション経路。
- 申し送り:用量、レベル、快適度、出来事、対応を日次サマリーへ。
遠隔フォーマット
- 主要機能:タイマー、開始/終了の自動記録、簡易日誌、週次サマリー。リファレンス音での開始時ラウドネス確認(「通常の声が聞き取れるか」確認)。
- チェックイン:週1の短い連絡+4週レビュー。欠席は翌朝に一度だけ促す。
- プライバシー:明快な同意文、初期設定はローカル保存、短い保存期間、削除ボタンをアプリ内に。
- 遠隔生理(任意):手首PPGで脈/HRVを2〜3分の断片で週1回。アプリは区間をラベル付けし、特徴量のみをアップロード。
日常への橋渡し
- 儀式:朝と夜に固定のアンカー。座る→レベル確認→再生→呼吸合図→聴く→メモの同じ順で。
- マイクロセッション:急な高まりには2〜5分。イントロか短いループ+スロー呼吸。
- 公共・職場:低レベルで使える“控えめセット”。オープンオフィスでは10分の「声かけないで」カードを併用。
- 社会的埋め込み:週1回、誰かと共有セッション(聴取でも歌でも)。ユニゾンと予測可能なフレーズで素早く落ち着かせる。
研修、スーパービジョン、維持
コンパクトカリキュラム(初期)
- 動作原理:心理・生理の機序、適応と限界。
- 刺激設計:テンポ、イベント密度、スペクトル、和声、移行、ラウドネス。安全なセット構築、ブロックリスト、報告項目(LUFS、トゥルーピーク、スペクトル重心、セクションマップ)。
- 安全:聴取安全、中止規則、トリガー対応、PTSD/OCDの特記、双極性の配慮、信号機トリアージ。
- 測定:症状コア、短時間HRV(RMSSD、HF 0.15–0.40 Hz)、呼吸記録、EDA基礎、三読BP、睡眠ログとアクチグラフィ、コルチゾール前分析。
- データと同意:最小限収集、平易な同意、保存期間、役割ベースアクセス、音源共有不可時の特徴共有。
- 文書化:1ページプロトコル、変更ログ、セッションノート、標準刺激報告。
形式と所要時間
8〜12時間(半日×2、または1日+追補)。短講義、機器実習、ケースドリルを混ぜる。小テストはケース短報、刺激報告、ログ監査。
スーパービジョン
初期は4週間以上追跡の3例を月例グループで。以後は四半期ごとにラウンド、短いトレンド図と音源チェック。
忠実度チェック
四半期ごとに5セッションを抽出し、レベル・用量・記録の確認、変更は一項目のみで行われたかを検証。刺激監査では報告とファイルが一致するかを確認。
再認定
12か月サイクル。更新モジュール(機序と安全)、刺激監査、匿名ケースの要約と指標。再生チェーンを再較正し、記録を更新。変更ログの提出(調整項目と理由)。
この運用なら、サービスは安定し、在宅ルーティンは軽く、技能は鮮度を保てる。人は方法を信頼し、スタッフは軋轢なく維持できる。
個別化、嗜好、比較可能性
個別化は効果を上げるが、比較を難しくする。現実的な折衷は、パラメータで定義した厳選セットから、明確な枠内で選んでもらうことだ。枠はテンポ、レベル、スペクトル、形式を含む。その内側での変化は意図的でよい。センサーフィードバックを用いる適応システムも、枠内での微調整に限る。例:呼吸に沿った軽いテンポ整形、脈や緊張上昇時の穏やかなレベル制御。適応の規則、収集するデータ、アクセスと保存期間は明示する。
選択の境界(例)
テンポ:安定 50–70 bpm、中庸 70–90、活性 90–110。不安焦点では110以上にしない。呼吸誘導時は約60 bpm(6呼/分)かその整数比に合わせる。
レベル:耳元/聴取点で55–65 dB(A)。真のピークは -3 dBFS 未満。急激なジャンプは避ける。
スペクトル:落ち着かせる素材は低中域に重心(スペクトル重心1.5–2.5 kHz 目安)。4 kHz超の持続成分は薄く、アタックは柔らかく。低域(80–200 Hz)は伸びすぎを抑える。
形式と移行:区間は30–90秒、漸進的につなぐ。フェードは2–5秒。唐突な断切は避ける。
イベント密度:落ち着き ≤2/秒、集中・活性は最大4/秒。驚愕要素は避ける。
和声・不協和:粗さは低く、急速な転調は控え、半音階進行は節度を。
選択アーキテクチャ
長いプレイリストより目的別の小セット(steady/ground/lift/focus)。30–60秒の試聴で適合を0〜10で記入。各セットでお気に入り2〜3曲。二択で迷うなら、別日にA-Bで小テストして良い方を残す。4週間ごとに再確認。
単純で有界な適応規則
入力は自己評定(緊張0〜10)、呼吸、脈。調整は小さく・間隔を空ける。
- テンポ:呼吸>8/分かつ緊張≥6が1分続けば 2–4 bpm 下げる。<5/分かつ緊張≤3なら据え置き。テンポとレベルは同時に変えない。
- レベル:脈が基準より>10%上昇し緊張≥6なら -2 dB。<−10%で眠気なら +1〜2 dB(55–65 dB(A)内)。
- スペクトル:脈は安定だが緊張が跳ねたら、フィルタ追加よりソフトな別版へ切替。
- レイテンシと上限:調整間隔は≥30秒、10分につき最大2回、開始値からの変化は最大10%まで。
- 退避:2回の調整で3分内に緊張が収まらなければ適応を停止し、“steady”へ。いつでも手動優先。
データ取得は最小限・明確に
日時、トラック/セットID、持続、目標レベル、調整の回数と種類、前後評定。生理は特徴量(中央値脈、呼吸/分、短時間HRV)にとどめ、研究で必要な場合のみ生データ。初期設定はローカル保存、仮名化、保持90日など明記。
サイト間の比較可能性
各トラックに特徴カード(テンポ、拍子、LUFS、トゥルーピーク、スペクトル重心、イベント密度、不協和指数、区間図、移行ノート)。全員共通の小アンカーセットを用い、個別選択を上乗せ。結果報告ではカードと選定手順を明示。
適合が悪い時の調整順
- イベント密度またはテンポ → 2. スペクトル → 3. 形式・移行 → 4. レベル。各段で0〜10の一言適合ノートを残す。
プロファイル例
Calm:56–64 bpm、55–60 dB(A)、重心1.6–2.2 kHz、区間60–90秒、≤2イベント/秒、狭いダイナミクス。
Focus:70–84 bpm、58–65 dB(A)、重心2.0–3.0 kHz、区間45–75秒、2–3イベント/秒、明瞭だが鋭すぎないアタック。
Lift:88–100 bpm、60–65 dB(A)、重心2.2–3.5 kHz、区間30–60秒、最大4イベント/秒、制御されたトランジェント。
セッション構造と用量設定
セッションは三相が基本。
ベースライン
2〜3分の静かな定常化。座位で足裏接地、肩の力を抜く。耳元でレベルを確認。0〜10の緊張、脈、短時間HRV(任意)を記録。呼吸誘導を使う日は自発呼吸数を先に記録。
介入
合意した素材を合意したレベルで再生。注意は呼吸、身体感覚、安心感に置く。アンカーは一つだけ。例:
- 呼吸合図:最初の1分は4吸・保持短・6呼。
- 脈合図:低音を呼吸10回分追い、その後は課題を解いて受動聴取へ。
- 身体合図:顎—肩—胸を一巡ボディスキャンし、聴取へ戻る。
目的別の標準用量
- 急性の調整:10〜15分
- 不安の標準作業:15〜30分、週4〜6日
- 睡眠準備:就寝前1時間のうち30〜60分
- 痛みルーティン:朝夕20〜30分
- グループ:45〜60分、出入りに1分の呼吸
クールダウン
1〜3分の静寂。事後の緊張0〜10、脈、一行メモ。強すぎた日は60秒の安定化ルーチンを追加。
用量の伸縮
初週は各範囲の短めで。快適度≥7/10かつ指標が良い方向なら、翌週は+5分または+1日。忙しい週は総量を保ち、スキップしない。短時間×回数が長時間×散発に勝る。
日内の配置
睡眠は夜の固定枠。不安・反芻は既知の圧力点(多くは夕方と夜遅め)に2回。痛みは朝に1ブロックで一日の基調を整え、長坐前にもう1ブロック。
オーバーロードの扱い
重く感じたら、まずイベント密度を下げる(アタックを柔らかく・立ち上がりを減らす)。次にテンポを2〜4 bpm 下げ、最後に55〜65 dB(A)の範囲でわずかにレベルを下げる。持続時間は1週間は変えない。3分内に2回の調整でも収まらなければ“steady”に切替、60秒の安定化で終了。
環境チェックリスト
静かな椅子、中立姿勢、端末はサイレント、照明は落とす、水を手元に。ヘッドホンは装着感を確認。スピーカーは聴取点を一定に、距離を記録。
一貫性のルール
- 曜日と時刻の枠を固定
- 調整は一度に一項目(イベント密度 → テンポ → スペクトル → 形式 → レベル)
- ログは1ページ(日時、トラック/セットID、レベル、持続、前後評定、短評)
- 週次レビューで、停滞や逆行があれば少しだけ調整
不調時の手順
順守確認が先(時間枠、レベル、機器、座席)。カフェイン、薬剤変更、急性ストレス、体調、移動などの交絡を点検。3連続で重ければ1週間“steady”に戻し、調整をステップ1から再開。4週で大幅未達なら素材ファミリーを切り替える。
軽量の品質指標
- セッション完遂:計画の≥75%
- ログ完備:≥90%が前後評定あり
- レベル遵守:≥90%が目標窓内
- HRVのアーチファクト率:5分で補正拍<10%、有効クリーン≥2分
- 有害事象:未対処の尖りゼロ、全事象の記録と対応
役割の明確化
適合とメモは本人の役割。パラメータ変更、安全監督、4週レビューは臨床側。毎回のチェックインで次の一歩を一つに絞る。
フィードバックの言い方
具体的・短く。「順守良好。来週も同じ時間枠、イベント密度を下げ、テンポは据え置き。事前6→事後5、入眠40→30分を狙う。」
文書化とデータ品質
1ページのセッションフォーム
意思決定に必要な最小限のみ。
- 日付・時刻(タイムゾーンはシート頭で一度)
- 文脈(在宅/外来/入院/グループ)
- 刺激:トラック/セットID、バージョン、必要なら区間長
- 再生チェーン:アプリ/プレーヤー、DAC/IF、変換器(HP/SP)
- 耳元/聴取点の目標レベル dB(A)
- 予定/実績の持続
- 事前0〜10:緊張、痛み(該当時)、眠気/覚醒(該当時)
- 事後0〜10:同上
- 脈(任意):前後、機器名
- 短時間HRV(任意):2〜3分の前後、機器名
- メモ:適合、快適、不快、変更(あれば)
内分泌アドオン(同シートに小枠を追加)
- 採取時刻(分精度)
- 起床時刻(覚醒反応用)
- 前分析:30分無飲食/無カフェイン/無ニコチン/歯磨きなし、水うがい10分前
- 直近60分の活動、薬剤変更、体調
- 冷凍までの時間、保管場所
アーチファクト処理の簡潔な規則
- 脈/HRV:座位/仰臥・静かな呼吸。動作・発話・咳・大きな呼吸変動は区間に旗を立てて除去。HRVは期外収縮を補正し、補正率とクリーン時間(≥2分)を報告。ソフトとバージョンを明記。
- 発話・動作:測定ブロック中に話す・動く場合はそのブロックにフラグ、60秒の落ち着き後に再測。
- 技術的損失:ドロップアウト、BTの途切れ、ケーブルノイズ。ブロックの10%超なら破棄し再取得。
- 皮膚電気:笑い、くしゃみ、大きな姿勢変化はマーク。トニック水準と相応答はクリーン区間のみ報告。
固定の時間枠
繰り返し測定は時刻を固定して概日性の撹乱を避ける。HRVは週内の同じ日中スロット、就寝前は最終1時間内、質問票は同じ曜日・時刻。血圧は5分安静、同じ椅子と腕。
個票の報告パック
- 刺激報告:テンポ、拍子、調性、不協和、スペクトル重心、LUFS、トゥルーピーク、区間図、フェード
- 再生チェーン:プレーヤー/アプリ、機器、HP/SP、較正日、耳元/聴取点の目標レベル
- 室内:背景騒音の概算、座席、音響メモ
- プロトコルカード:目標、禁忌、レベル範囲、用量、中止規則、ブロックリスト
- 変更ログ:日付・理由(1回1項目)
Gutenbergに貼れるテンプレ(抜粋)
- セッションノート(単回)…[本文略、記事末の原文テンプレに準拠して流用可]
- 週次サマリー…[同上]
短く一貫した記録は負担を増やさずトレンドを可視化し、第三者が手順と再現を理解できる。
事例
事例1 全般性不安、夕方の反芻
プロフィール:18時以降の心配、内的落ち着きの欠如、入眠遅延。双極歴なし。
ベースライン(週0):夕食後の緊張7–8/10、入眠40–60分、安静脈78–84 bpm、RMSSD約24 ms。
プロトコル:和声安定、56–64 bpm、柔らかいアタック、55–60 dB(A)。毎日20:30に20分、週5日。最初の1分は4吸・保持短・6呼、のち受動聴取。
調整:5日目にイベント密度を下げ、10日目に高域を少し薄く。テンポ変更なし。
測定:毎回の前後緊張、週次 ISI、午後の同時刻で2〜3分の短時間HRV。
4週の帰結:セッション内の緊張が約2割低下する日が多い。RMSSDは高20〜低30 msに、入眠は20〜30分に短縮。夕方の心配メモは段落から一行へ。
メモ:週3の欠席があっても改善は維持。同じ時刻を守ることが多様化より有利だった。
事例2 PTSD、夜間覚醒
プロフィール:悪夢と1夜3〜5回の覚醒、驚愕反応が強い。
ベースライン:PCL-5 高値、アクチグラフィは断片化、ヘッドホン快適度3–4/10。
プロトコル:デイケア6週。ヘッドホンではなくスピーカー。明快な形式、狭いダイナミクス、馴染みの動機、予測可能な移行。1分のペースド呼吸→20–25分の音楽→短いイメージ→2分のデブリーフ。厳密なブロックリスト。
調整:2週目に軽い尖りで1曲除外。3週目に移行を5秒へ延長。レベルは55–58 dB(A)。
測定:睡眠日誌、週次アクチグラフィ、快適度0〜10、短い有害事象ログ。
6週の帰結:覚醒は約3割減、悪夢は大半から週2〜3回へ。夜間の主観的安全は3/10から6/10に。日中の驚愕は軽減。
メモ:午後遅めに移動しても改善は維持。トリガーリストは2回更新し、毎回提示。
事例3 慢性腰痛、朝夕ルーティン
プロフィール:ストレスで悪化する慢性腰痛。鎮痛薬の使用が不規則。
ベースライン:夕方の痛み6–7/10、朝は変動。睡眠まずまず。気分安定。
プロトコル:自己選択の落ち着く曲+簡単な焦点課題。08:00と19:00に25分、週6日。最初の1分と痛みが跳ねた時はスロー呼吸。
調整:2週目に破局的歌詞の曲を除外。3週目に飽きを避ける“steady”の2曲目を追加。
測定:朝夕の痛み0〜10、週次 WSAS、毎回の脈、服薬ログ。
6週の帰結:夕方平均は4–5/10に、スパイクは減少。朝も安定。日程が立てやすくなり、頓用は残るが使用は計画的に。
メモ:焦点課題の有無で痛み評定が変わった。薬剤管理は主治療と連携。
共通項
- 安全を先に。中止規則、レベル上限、“steady”の退避曲が予測性を高めた。
- 強度より一貫性。固定の時間枠と安定素材が、散発の長時間より良い。
- 一度に一項目。まずイベント密度、次に小さなテンポ/スペクトル調整。
- 簡素な測定。短い0〜10評定と週1の生理だけで方向づけができた。
プロセス品質と目標値
品質は「信頼できる手順」に載る。ハードルを低くすれば順守は伸びる。シンプルな開始、準備済みセット、ワンクリック起動、短いメモ、週次のミクロサマリー、小さな前進の可視化。
4週の目安(ゲートではなく指針)
- 状態不安:ベースラインから約−20%(0〜10で−2程度)
- 短時間HRV(RMSSD):+10〜20%(+3〜8 ms 程度、同時刻で測定)
- 睡眠:入眠 −10〜15分、中途覚醒 −15〜30分、PSQI −1〜3、ISI −3〜4
- 痛み:−1〜−2点、または≥30%が臨床的に意味あり
- 機能(WSAS/WHODAS):日常役割の明確な小改善(例 −2〜−4)
レビューのリズム
週1は設定と適合の再確認。週2で停滞なら1項目だけ調整。週4で目標と照合し、維持・微調整・転換を決める。
調整は梯子を一段ずつ
- イベント密度 → 2. テンポ(2〜4 bpm、レベルと同時は不可) → 3. スペクトル → 4. 形式・移行 → 5. レベル(55–65 dB(A)内) → 6. 用量(快適≥7/10で+5分/週1日追加) → 7. 時間帯 → 8. 課題(呼吸/脈/ボディスキャンの切替)。
この運用で順守は伸び、データは整い、調整は落ち着いて可逆的に進む。プレイリストが方法論へと変わる。
技術、較正、安全
ヘッドホン:オーバーイヤー密閉型、中立応答、良好なシール。装着感優先。補聴器使用時はスピーカー検討。耳元の目標は55–65 dB(A)。感覚的な音量合わせは避ける。
ニアフィールド:対称配置、ツイーター耳高、正三角0.8–1.2 m。背面壁から20–60 cm、トーインで定位合わせ。一次反射はインシュや小吸音で。聴取点を定義。
室内:背景騒音35 dB(A)未満を目標。フラッターは書棚やカーテンで。低域の籠りはコーナー処理。
較正ルーチン:−20 dBFS ピンクノイズ、耳位置にSPLメータ(スマホは一度実機較正)、60 dB(A)に合わせ、設定を記録。月1または更新後に再確認。プレーヤーのラウドネス正規化をON、統合ラウドネス−16 LUFS付近、トゥルーピーク −1 dBFS以下。
ファイルと信号経路:ロスレス/高ビットレート。決定版を1つに命名統一。不要なDSPは避ける。呼吸合図の厳密同期が必要なら有線。
脈・HRV:HRVは胸ストラップが堅牢(R-R出力、内部250–1000 Hz)。静止した手首PPGも短時間RMSSDなら許容。5分記録、姿勢・時刻・カフェイン・薬剤を記載。期外補正、発話・動作の除去、補正率とクリーン時間を報告。
プレーヤーの安全機能:常時見えるSTOP、ポーズに2–3秒フェード。中止基準を明記。組み込みの60秒安定化。
PTSDの保護:ブロックリストを保守。明瞭な形式、狭いダイナミクス、穏やかな立ち上がり、予測可能な移行。ヘッドホンは任意。短い断片で試し、逆反応で即更新。
OCDの儀式化リスク:開始・終了を固定。小節のループは不可。厳密な順序/音量/装着のこだわりが出たら、枠内でランダム化し、焦点課題に戻す。
双極性への配慮:安定した拍、中庸テンポ、控えめな高域。急峻なビルドアップや急変の回避。実施は日中早め、事後の睡眠・駆動チェック。兆しで活性曲は中止。
文書とプライバシー:機器・アプリ・較正日・目標レベルは初回に記録。収集は最小限。仮名化、ローカル保存、短い保持、明快な削除手段。
研究課題 – 投資効率の高い5問
- 嗜好・親近性・日常条件を統制したとき、どの刺激パラメータがどの対象群に効くのか。
なぜ重要か:パラメータの明確化は実装と再現双方を改善。
デザイン:多施設2×2×2因子(テンポ:56–64 vs 72–84、スペクトル:ソフト vs ブライト、選択:枠内自己選択 vs 標準化)。対象は全般不安、不眠、慢性痛。
プロトコル:4週、15–30分、週5日、夕方か午後の固定枠。
測定:群ごとの一次評価(不安は状態不安、睡眠は入眠潜時、痛みは強度)。二次は RMSSD/HF(呼吸併記)。
成功基準:群内でテンポ/スペクトルの主効果推定と、実務ルールの抽出。 - 比較可能性を失わずに効果を高める個別化の設計。
デザイン:3群RCT(標準セット、枠内選択、枠内選択+単純適応)。全群に小アンカーセットを共通付与。
測定:一次は順守と対象別エンドポイント。二次は RMSSD と適合感。
成功基準:個別化群が順守と成果で上回り、分散を膨らませない。アンカーで横断比較が可能。 - 日常で信頼でき、意思決定を改善する生理マーカーは何か。
デザイン:前向きコホート。週次の事前規定ルールに基づきパラメータ変更を実施・記録。
測定:RMSSD、HF、呼吸、脈、可能なら簡易EDA。
成功基準:少数のマーカー(例 RMSSD+呼吸)が、症状情報だけより翌週の変化をよく予測。 - 音楽・呼吸・イメージ・動きの組み合わせは、治療段階ごとに何が最適か。
デザイン:MOST/SMART。2週の二要素束で開始、反応に応じて段階的に追加。
成功基準:段階ルール(例「2週で不安低下<20%ならイメージを追加」)の抽出。 - 長期維持に必要な用量と期間、早期再燃検知の方法。
デザイン:反応者の維持RCT(標準継続、最小用量、キュー連動のマイクロセッション+アンカー)。
成功基準:実務的な最小維持法で多数の維持に成功し、簡易指標で早期警戒。
実装展望:抑うつ、ストレス、痛み、術後回復は実装段階にある。PTSD と OCD は質の高い試験がさらに必要だが、最近のレビューは慎重ながら前向きだ。
決定のための一文
目標、パラメータ、用量、記録が明確なら音楽は安定して働く – 残りは練習で、練習が意図と日常の橋をかける。
最低限の報告基準
平均と p 値だけでは足りない。刺激、セットアップ、タイミング、データ規則を理解できる材料をすべて提供する。
効果の報告:95%CI付きの効果量、分布と個人変化、MCID と達成割合。
刺激マニフェスト:可能なら音源と機械可読なマニフェスト。不可なら特徴サマリ。ファイル名とバージョン、チェックサム、LUFS、トゥルーピーク、RMS、クレスト、テンポ、拍子、区間図、調・ピッチ中心、スペクトル重心と帯域、低域メモ、イベント密度、トランジェント、フェード、歌詞ノート。
再生チェーンと較正:プレーヤー、IF/DAC、変換器、座席/装着、較正法と日付、耳元/聴取点の目標 dB(A)、正規化設定、参照ファイル、BT/有線、DSPの有無。
室と文脈:背景騒音、おおまかな音響、壁からの距離、三角形の寸法、在宅/外来/入院/集団の別。
手順:指示文の原文、時刻固定、中止規則、60秒安定化、許容した個別化の範囲。
順守と時間:実施/計画、オンタイム率、週当たり有効な生理記録分。
生理の標準報告:HRV(姿勢・環境・機器、長さ、RR前処理、期外補正法、補正率、クリーン時間、RMSSD/HF、呼吸、ソフトとバージョン)、呼吸(計測法、呼吸数、誘導の有無)、脈、EDA(サンプリング、トニック/相応答、動作/発話旗)、血圧(三読法と平均規則)、睡眠(ブランド・採点、PSGは段階基準とデルタ)、コルチゾール(時刻、起床、前分析、保存遅延)。
共有パッケージ:匿名化データ、解析スクリプト、バージョン固定、オーディオ不可時のマニフェストと特徴サマリ。
登録と逸脱:事前登録、すべての逸脱と理由。
サービスサマリー:週次ミクロサマリー(実施数、平均の前後、適合一言、次の一手)、期末サマリー(目標の前後、順守、有害事象、次の決定)。
品質の基準線:HRVと精神生理の報告基準、時刻固定、同一評定手段を通期で。
参考文献
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